軽井沢高原文庫
軽井沢高原文庫について
本館2階展示室
日本のなかの西洋であった軽井沢は、この一世紀余、高原の避暑地・別荘地として数多くの作家・詩人たちに愛され、同時に、数多くの文学作品の舞台となってきました。
軽井沢高原文庫は、そうした軽井沢の豊かな文学世界を体験していただくために、浅間山の眺望のすばらしい塩沢湖畔に昭和60年(1985)8月、開館しました。
本館は浅間石の基壇の上に鉄骨のシェルターユニットを載せ、豊かな自然を積極的に内部に取り込んだオープンな空間となっています。この2階展示室ではさまざまな魅力的テーマの企画展を年数回行っています。
また、敷地内には堀辰雄が愛した山荘を旧軽井沢から移築し、 内部を公開しているほか、有島武郎が情死した別荘“浄月庵”を移築、明治末期の重厚な別荘内部をお見せしています。 館周囲はカラマツ、アカシア、ハルニレ、コブシ、ウワミズザク ラなどの木々が茂り、また多くの高原の野の花が自生しています。四季折々に変化するこれら花 や木々が、自然の息吹を存分に感じさせてくれるでしょう。
立原道造詩碑、中村真一郎文学 碑も建立されました。こころゆくまでお楽しみください。

施設配置

配置図
1. 本館
2. 堀辰雄1412番山荘
3. 野上弥生子書斎“鬼女山房”
4. 有島武郎別荘“浄月庵”
5. 立原道造詩碑
6. 中村真一郎文学碑■敷地面積 2,927.80 m²
■建築面積 225.28 m²(本館)
■延床面積 199.77 m²(本館)
設計・監理/GK 設計 施工/北野建設
有島武郎別荘「浄月庵」
有島武郎別荘「浄月庵」
有島武郎が1916年(大正5年)~22年まで夏を過ごした三笠の別荘。「信濃日記」他を執筆。1923年(大正12年)6月、有島が雑誌記者波多野秋子とここで情死したことで有名。建物は父武が明治末期に建て、父の死後、武郎が譲り受けた。1989年(平成元年)に移築保存。
堀辰雄1412番山荘
堀辰雄が1941年(昭和16)にアメリカ人スミスから買い求めた旧軽井沢・釜の沢の山荘。4年続けて初夏から秋にかけて過ごした。よく燃える暖炉があり、土管を重ねた煙突がある。堀を慕う若い文学青年たちが大勢出入りした。
1985年(昭和60年)に移築保存。
堀辰雄1412番山荘
野上弥生子書斎
野上弥生子書斎
野上弥生子が北軽井沢大学村(旧法政大学村)で1930~80年代まで夏を過ごした山荘の離れ(「鬼女山房」)。茶室の造り。『迷路』『秀吉と利休』など長篇を多く残した野上は、一年の大半を北軽井沢で過ごした。1933年(昭和8)建築、1996年(平成8年)移築保存。
中村真一郎文学碑
(磯崎新設計)※写真は一部
中村真一郎文学碑
立原道造詩碑
立原道造詩碑
(磯崎新設計)
辻邦生山荘
辻邦生が1976年(昭和51)~1999年(平成11)まで夏を過ごした旧軽井沢の山荘。『夏の砦』『背教者ユリアヌス』『西行花伝』など芸術性、精神性の高い小説を残した辻邦生は、ここで夏を中心に執筆活動を行った。山荘周辺を描いた作品に「風のトンネル」(『手紙、栞を添えて』)などがある。1999年7月29日、辻は滞在中の軽井沢で死去した。山荘は現地保存。磯崎新設計。

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軽井沢高原文庫
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FAX.0267-45-6626
〒389-0111
長野県北佐久郡軽井沢町長倉202-3